昭和四十三年十二月十七日 朝の御理解
御理解 道教えの大綱
何々の全てと言ったような事を使いますね。例えば私の全てとか、まあ言うならば金光教の全てと。今度報徳祭に古川先生をお迎えしておかげを頂きましてから、あの丁度、今私が申しますような金光教の全てと言ったようなものを先生の話を拝聴させて頂きながら感じます。
今まで全然知らなかったお話、ね、教典とか、又は、あの厚い金光大神ですね。あらゆるお道の事に関するお書物なんかも大抵読まして頂いたんですけれども、先生の話を頂きよりますと、もう本当に、あのここんところも分からせて頂いて、初めて金光教の全てだといったような感じが致します。
実は私も、もうここんところお祭りの準備で、兎に角ここ二日間余りは二時間か三時間しか休んでおりません。もう昨日夕方、あの、あっ失礼、御直会の時なんか、もう頭がガンガンいうんですよね。どうしてもやっぱり四時間は休まにゃきゃいけませんですね。
四時間というと(笑)、昨日先生とのお話の中に、金光様が、三代金光様がお休みになる時間が大体四時間だったらしいですね。だから多(おい)すぎてもいかん少なすぎてもいかん。ここでやっぱり、あの、それを聞かせて頂きながら私もそれを思うたんですけれども、ここ二、三日私は、その四時間寝てない訳です。二時間の時もありゃ三時間位の時もある。昨夜はもう私は、あの御直会の途中で立ちましてから、いつも晩のお初穂整理が三時間掛かりますからね、大祭の時なんかは、三人位でして。昨日は案外少なかったから、それでもやっぱり三人で、もう今夜、兎に角夜中遅くなってはいかんと思うてから御無礼すると、ここで久我先生と愛子さんと久富先生と私四人で、整理させて頂いたから八時頃だったでしょうかねえ、八時頃位迄かかりました。
それで、もう私は夜の御祈念を御無礼してから、兎に角、あの、もう先生に御挨拶してから休ましてもらおうと思うて、実は行ったんですね。ところが家内と永田先生、それから豊美を前に自分はちびちびおやりになりながら、そのお話があってるんです。もうそのお話が尽きる事がないのですねえ。それはもう何て言うでしょうかねえ、尽きる事のないお話ですから、もう本当に退屈と言やぁ退屈です。
ところが、もう、その、人間というものは何ですねえ、その三十分なら三十分のお話の中に、中で一度感動したら、もうさらになってしまいますね。どんなに眠かってもきつかっても。もう、その感動がもう何十分おきにか起こってくるんですよ、お話を頂いておって。
丁度、半ばにまだ残っとりました五、六人の婦人部の方達も最終のバス位の時分迄おかげ頂いとりましたけれども、私共それから、又十二時頃迄お話。
もう本当に、あの何と申しますかねえ、第一三代金光様の七十年間の御事ですよね。まあそれも古川先生だけしか御承知のないと言ったようなお話。金光家の事古川家の事、それからまあお道の盛衰とでも申しましょうかね、まあそういう当時金光教のお家騒動だと言われるような事件があった時の事等ね、もう真相というものは本当に聞いたって、こちらがその何でも真相というのは素晴らしいですね。もうそのままずばりのお話ですから。そういうところを辿り通って初めて現在の、まあ言うなら安定した金光教があるという事ですねえ。
私、昨日お話を頂きながら、いよいよ、あの、教祖様を身近に感じたんですけれども、丁度教祖様の五人のご兄弟の一番裾の娘さんに、へ充たられる方が古川先生のお母様に充たる訳ですから、丁度教祖様のお孫に充たられる訳ですね。
それから奥様のお里である古川家の、古川八百蔵さんですね、古川、教祖様の奥様のお父様、古川家、古川家、古川八百蔵さんからいたしますと夜叉孫に充たられますですかねえ。そういう、その、まあいうなら教団きっての名門でおありになる訳でございますけれども。
私は、あの、実は私も一寸十時頃お話を頂きながら一寸こう眠気がきたんですよ。けども先生は、まあだお食事も召し上がらんで御神酒を、もうお杯をここにおかれたっきりで、もう兎に角一合余りありますお酒を二時間あたり、一寸二時間半位でしたですね、間で召し上がるのですから、もうそれかといって、さあまいっちょ召し上がれ、まいっちょ召し上がれというような風な、もうお話の方が主ですからね。あの、けれどもあの何ですか、これは神様がまたとないお話を聞かせて下さりよると、こんな事じゃあい済まんと思うて、まあ聞かせて頂いたんです。
昨夜休ませて頂く時に、もう十二時過ぎておりましたでしょうか、ですから又今日も結局まあ三時間しか休まれんのですから、神様にその事をお願いしい休ませて頂いたんですけれどもね。
今朝目覚ましのおかげを頂きましたのが丁度三時二十分でした。何時も目覚ましのおかげを頂く時間ですから起こして頂いてそれから三時半にこちらに出らして頂いて、そして頭があんなにガンガンしてたのが全然すっきりしてますし、爽やかですし、もう本当に有難い。ですからね、あの、こちらの確かに心次第ですよ、眠いとかきついとか言うのも。
まあ私は、今日は、み教えを頂こうと思うたら道教えの大綱という、ここんところだけを頂くんです。だから道の教えを頂かせて頂く。私は、昨日から今日、あの一昨日から昨日にかけて古川先生に、まあ断片的ではありますけれども、出さしてもらい今日なんかは、本当、もう整然とその、まあもう話し合うてお話をして下さる、その話がですね、確かに、この、教団の所謂全て、金光教の全て、又は金光家の、まあ全て、まあだ全て頂いた訳じゃありません。又、これから先、又明日という風にして、お話を切って下さったんですけれども、有難い、もう本当に、そのお話の中に何回も何回も感動する。取り分け金光様の七十年間に渡られる間の御苦心というものは、もうそうゆう事があったのですかと、と、聞きなおしてお尋ねせねばならない程の、やはり、まあ言うならば御苦心があっておられるという事ですね。
そして私は、改めて思うんです。それはどうゆう事かというと、合楽の、合楽がおかげを受けておるという事です。言うなら大坪家がおかげを、私の家はおかげを受けておるなあという事です。又合楽教会がおかげを受けておるなあという事です。まあ、その引用として、あの引かれて、あちらこちらの有名な教会の話も出るんですね、玉水辺りの話も出てくるんですけれども、まあ高徳な先生方のお話も出て来るんです。
そして、そのお話を頂きながら、あの、思わせて頂くことは、本当に合楽がおかげを受けておるなあと、私がおかげを受けておるなあという事です、結論致しますと。もう、その金光教の全て、と思われるようなその素晴らしい内容に触れさせてもろうてです、本当に、あの、もうこれはこれは、もう大変な事だなあと思います、改めて合楽の場合は。これはお互いが本当にもうひとつ、あの、何て言うですか、心を新たにしてですね、合楽の信心を頂きなおさなければいけない。そして、これはどうでも合楽の信心がですね、それこそ金光教の全てというならですね、合楽の信心が本当に、まあ或る意味合いにおいて成就し、言わばいよいよ合楽の信心が完璧に向かって進ませて頂くという事がです、本当の意味合いに於いて金光教の全てだという感じが致しました。
まあ本当に、こんなお話は、もう本当御信者さんを前にしてお話しになちゃいけませんよと言うてから、その婆ちゃんが言われる程しのお話があったんですが、えぇ所謂教祖様の奥城、あの辺のお屋敷を巡って金光家、所謂五人のお子様がおられた、その間で様々な事件が起こっておる事ですね。それが今尚且、まあだ燻っておる事ですよ。それをそんなら現金光様の所謂金光家というても、今の金光様の御一門です。所謂四神様の御系統ですたいね、に限ってはそういう事は、もうどうでもいい、問題ではないといったような事なんですけれども、やはり金光家に繋がっておるお話なんです。
ですから言うなら、あの奥城なら奥城のお参りして頂いて、あすこにお賽銭箱がありますよね、あのお賽銭を巡っての(笑)、言うなら、その、まあ言うなら、もう本当に人間は汚いもんだなあと、もういよいよ金銭になると血も肉もないなあと、こう思うようなお話、それが何十年間続いておる。
なら現金光家に於いてはです、そんな事全然問題にしとられないですよね。所謂今の現金光様の、もう何て言うですか、そんな事なんかは、もうどうでもよいと、そちらの事は関心が無い我情も我欲も捨てておられるけれども、他の方はそうは、そういう訳にはいかんのですね。もうそういうようなお話を頂かして頂けば頂くほどです、合楽はおかげを受けておるなという事です。ね、そしてひとつのおかげというものが、その合楽の場合には、もう実に判で押したように神乍らであるという事です。
ですから、これは私も時々合楽の話をそん中に、こう相づちを入れるように、こうはさんで、あの、お話をしようと思うんです。お話を半分しかかるですね、あまりに合楽のお話が素晴らしいから実感がかえって伴わないんですよ。本当でなかろうごたる話になってくるんですよ、ね。只、私と家内が座っとった、この人と私は終戦このかた布一寸買いませんと言ったようなお話でもですね、どうしてそういう事が出来るか、どういう、どうしてそういう事が出来てきたかと。と、あの質問をなさらなければならない程にですね、あのここの場合は真実性に、を欠いどるです、本当言うたら。本当の話じゃないごとあるです、言うならば。それでいて本当の話である事を私だけが知っておるのですから、いよいよ合楽の信心の素晴らい事に唯々驚くばかりです。
この天地が自由、あのそん中にね、湯川先生の、が、御大祭をお仕えなられた時のお話をなさっておられましたですねえ。大変な・・・、お祭りが済んでからお湿りになった時のお話です。それを古川先生、古川先生とこの対談してお話なさった時に、しゃくふくを持っておられた笏をこちらへ、あの左の手に笏を持ちかえられてから、こうなさったげな。はあ、まるで禅問答のごと、湯川先生。何の為あんな事をなさるだろうかと思うとった。したらね、雨が降っておるのを、これで押さえられたち言いよった、湯川先生が。ね、そして天地の事についてですたい、例えば降るはずの、湯川先生の御信心によって、例えば降らんで済んだといったようなね、おかげを頂くところのお話を聞かせて頂きながら、なら合楽の場合の事を思われたら、私はこうもしませんでした。ね、私はこうもしません。湯川先生は、その事について天地に対するお詫びを二日間なさったそうです。天地の一つの法を曲げられる訳ですからね、降るはずのを降らんように、こうするのですから。私はね、そういう事を、あの法に触れずに、私は押し上げないでおかげを受けておるという事は、これは、まあ、お話をするなら大変な事なんですよ、ね。
そうすると皆さん達のですね、もう本当におかげは皆さんはね、あまりにね、当たり前の事のように思うておるけれども、大変な事である事に気付かせて頂き、改めて合楽の信心がねえ、本当に皆から真実誠意をもってです、本当な事として聞いてもらえれる見てもらえれるようになった時にですね、金光教の或る意味合いにおいて全てという事が言えれるのだと。そういう意味合いで合楽の信心をですね、もういよいよ希少価値というですかね、他にないです。
私はそれを聞きながら、いよいよ思うのです。これはどういう御神意があるか本当に分かりませんけれども、これは私の信心とも思われませんけれどもです、そういう私は、あの、まあ金光教の全てというような感じでお話を頂かして頂きながら、結論としては合楽がおかげを受けておる事の、まあどういう意味か、どういう事かも私分かりませんけれども、私の信心が或る意味合いに於いて成就する、或る意味合いに於いて、もっと垢抜けしてまいります時にこそ、私は金光教の信心が垢抜けするんだとすら思いました。
まあこの事についてはね、色々とお話がございました。今度又そうですねえ、まあ、それこそ折りあるたんびんに、私が心に留めております事など聞いて頂いて、そして私は合楽の事などと一緒に合わせて聞いてもろうて、そしていよいよ合楽がおかげ受けておるなあという事をいよいよ分かってもろうて、改めて合楽の信心を見直して、所謂頂き直さなければ本当にあい済まないという気が致しますです、ね。
成程まだ昨日の御大祭なら御大祭でもですよ、このお広前にああして、いっぱいもなる位でしたし、ね、お参りの数というたら現在のだけですけれどもです、その合楽の信心の、その一つの育っていこうとしておる、その育っていこうしておるものの素晴らしさなんだ、私が言うておる事は。
昨日私はお説教の中に申しましたように、私のはこの枠が取ってある。ね、現在はこれだけだけれども、もう限りなく枠がないのですから、大きく、この梅鉢、大きくなれれる可能性をもっておる。そこに今後私の、又は合楽の信心がかけられておるという事ですね。
本当に皆さんもね、そこに自覚をもって私共の信心が本当におかげを受けて、ね、そして、あのまいりません事になりませんけれども。そして、この合楽の信心が、私は本当の、本当の事として皆に認められ聞かれるようになるまで、けれどもどうですか、久留米地区の先生方でも善導寺の親先生あたりでもです、もう、あの、とても、あの今迄の、過去のだった。はあ、古川先生が見えるけん、わざとあげん派手にしたじゃろうち言うですよね、思われとる。
ところが、そんな訳にはいけない事がある。例えばあそこは、お供え物なんでん同じ物ばっかりじゃろうちいうようなあれが、けれどもケーキやら御野菜やら果物やらというものは、そんな訳にはまいりません。ね、この前出たとを、ケーキなんか取っとく訳にはいきますまいも。ね、もう例えていうならですよね、本当に、本当にそれはもう本当と思われない方が本当という位におかげを受けておる事ですよ、合楽は。
ですからそういう信心を皆さんもやっぱり身にお付けならなければ、言うならば馬鹿らしかと。私、本当にこれを居眠り半分では聞いてはつまらん。例えば眠いとか疲れるとかというたら、それこそ気のせいです。これは、私、ここ二三日の体験から、昨夜なんかは本当にもう私は、もうご挨拶して九時頃でも動いて休ませて頂こうかと、こう思うた位ですけれども、ならその事柄だけでも、こうして考えてから、成程修行生の人だけはやっぱ眠っとるけれども、私はいっちょん眠りませんです。そして、なら今朝、私が本当にきちっと何時もの時間に目が覚めておる事ですよ。やはり私が四時の御祈念を仕える迄の、私の控での私の感動というものは、日々変わらないという事ですよ。ですから、兎に角そういうおかげが受けられる和賀心ひとつで。まあこれは昨日先生のお話を頂かして頂きながら、もうこの話は誰からでも聞かれない話。これはまたと聞かれない話。もうこれをここんところを頂いてこそ、又、あのここんところを頂いて先生がおられる間に、私の言うなら全てを話しておこうと、こう言うておられます。
ですから、その所謂教団で、まだ先生がそれを取り上げない、所謂金光大神に現われてない事実ですよね、ね、現在金光家の御事共といったような事柄について、私にどうでも話しておきたいと、こう言うておられます。だからそれを聞かせて頂いて、所謂金光教の、現金光教の全てですけれども、私が結論として言いたい事はですね、合楽の信心の私共がおかげを受けておる事のいよいよ素晴らしさという事と同時に合楽の信心が本当の意味に於いて成就してゆく、そしてそれを教団の全ての人から認められた時に、本当は金光教の全て、所謂教祖様はこうゆうおかげを受けてくれる事を願っておいでられたであろうと思われるようなおかげをですね、合楽では頂いておるとゆう事です。
どうぞひとつ、そのへんの所をね、皆さんがね、私も、まあだ言われんとこ沢山あるとですよ。ね、ですから皆さんがそこんところを汲んで下さると同時に合楽の信心をもう一遍見直して頂きたい。ね、そしてこれはこれはただ事じゃないぞと、本当に私の頂いておる信心が、皆さんが、皆さんのものに、やっぱりなさっていかなければならない。そういう気が致しますですね。
この二十日にあちらに本部家の御造営に関しての会議がおありになる。それから四神様の事に関する、なんか金光家だけのお祭りに、必ず二十日に出席ならなきゃならないという事です。ですから十九日の、十九日の汽車でお帰りになったんですから十八日の出来れば十八日の月次祭に、まあ言うなら古川先生のお話を頂く集いといったような集いにしたいと思うんですよ。ですから皆さんも、そのおつもりで、言うならば又と頂けないお話。まあ言うならば金光教の裏話といったような話も出る事だろうと、こう思うんですけれども、それでならおかげを落とすような事があってはなりません。金光様がおかげ受けておられる事だけは事実なのだから、ね、金光家全部が金光家でないですから、ね。けれどもやはり、あの、やはり裏も表も知って於いて、そして尚且つおかげを受けていけば有難いんです。
はあ金光家、教団でも、そういう事そういうような事かというような事で、勿論汚すような事があってはなりませんけれどもね。同時に又、あの長年の先生の御信心から、こう何かね、ちびちび湧いてくる清水のように出て来るお話の、その真味とでも申しましょうかね、もう本当に尽きぬ真味にあふれたお話を、この機会に頂きたい。もうおそらくは九州にお見えられる事は、もう今度が最後であろうと、私は思いますね。どう思いましても、本部でも何十年ぶりだと言うておられる位でございますから。そういう機会を逃さず信心を進めていきたいと思いますね。
今日、だから御理解でもなかなか???でもなかった、但し、あの金光教の大綱という事を頂きますから、言わば、私は、今日皆さんにも金光教の全てといったようなものを、私共は分からせて頂くきっかけをね、作りたいと思うんですよ。どうぞ。